日々是好日

母の大腸がんの闘病記録

2015年夏から母の大腸がんの闘病記録

昨今、いろいろとがんの話題が多いので、
ぶっとんでいる我が家の母の闘病記録を記そうと思いました。
まずは、がんと発覚するまでをざっくりと。
2015年の夏。
私はまだ、今の事務所に所属したばかりでして
細々とドラマCDやら脚本やら書き始めた時期でもありました。
14年の冬、腹痛が酷く病院に義弟(妹の夫)が母を連れて行ってくれたのですが、
病院では「ただの腹痛」あつかいで、診察もろくにされず
短気な母は、「もういい」と帰宅しました。

その時に、そもそも心臓が悪かった時にかかっていた
市外にある総合病院に行っていれば良かったのですが、
深夜だったこともあり市内の夜間救急に行ってしまったのが間違いでした。

母は、その後も度々腹痛に悩まされて、
私はその都度、病院に行くように促してきたのですが、
頑固なのと病院嫌いがわざわいして、なかなか行ってくれません。
ようやく行くようになったのが2015年の春の終わりで、
その時は、近所の小さな個人病院に行き薬でも症状が変わらないので、
便潜血の検査をするように言われ、そこでようやく事の重大さを認識するところまできたのでした。

そもそも私は、幼いころから病気がちでしたので
病院に行くのは当たり前の人間として育っているのですが、
母や妹たちは、私と比較した場合とても体が丈夫な人たちなので、
私がどれだけ行くように、例えばそれが予約をしたとしていても…行かない人でして、
妹たちの軽い認識も、母のこういった部分に拍車をかけていたのではないかと、
あとで、彼女たちも思ったようでした。

以前に心臓が悪かった時にかかった総合病院の消化器内科に受診し、
そこで、もしかしたら「大腸憩室炎」ではないかという診断がおりました。
この大腸憩室炎が、母の症状にとても酷似していて、
私も、最初は憩室炎を疑っていたのです。
大腸ですから、内視鏡検査はすぐにはできません。
ですから、後日、内視鏡検査の予約をして、
とりあえず様子見で薬を処方してもらい、その日は帰宅したのをよく覚えています。

母の悪い癖で、
もらって症状が落ち着くと薬を飲まず、
また病院に行かなくなるのですが、
この時も、一度、そのようなことをしてしまい、
私も大喧嘩したのを覚えています。

ただ、この時、体重が少しづつ減り始めていたので、
母が、「がんではないか?」と疑いを持ち始めていました。
なぜかといえば、私の祖父母、すなわち母の両親は二人ともがんでこの世を去りました。
昔の抗がん剤治療や手術の過酷さは、母もよく知っていましたし
私もそれは幼いころにみていますから、よくわかっています。
この時は、割と思い詰めていた表情をしていました。
まだ死にたくないといい、ちゃんと病院へかかるように言いだしてもいました。

そして検査予定だった日に、また腹痛が酷く襲ってきたので
母は素直に病院に行ってくれたのでありました。

≫ 続きを読む

母の大腸がんの闘病記録   2017/02/04   chiyoasama